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「叱れば言うことを聞く」は、本当か?
「何度言ったらわかるの!」
こういう言葉を一度も言ったことがない親御さんは、 たぶんいないと思います。
私も何度も言いました。
そして、叱った直後は確かに効果がありました。
子どもは黙る。
言うことを聞く。
片づけを始める。
「ほら、やっぱり叱らないとわからないんだ」
そう思っていました。
でも、岸見一郎先生の『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』(幻冬舎、2016年)を読んで、気づいてしまったんです。
子どもが動いたのは、「理解した」からではなかった。
ただ、怖かったんです。
叱られ続けると、世界が狭くなる
叱られてばかりの子どもの中では、こんなことが起きています。
- 親の顔色をうかがうようになる
- 「怒られないかどうか」が行動の基準になる
- 失敗を極端に怖がるようになる
- 新しいことに挑戦できなくなる
これが、岸見先生の言う「スケールの小さい子」です。
「これをやったらお母さんに怒られるかな」
「これくらいにしておけば大丈夫かな」
行動の基準が、「やりたい」「知りたい」ではなく、 「怒られないかどうか」になってしまっている。
私はこれを読んだとき、胸が痛くなりました。
叱り続けることが子どもの脳そのものに与える影響については、脳科学の視点からも明らかになっています。 → その一言が、子どもの脳を小さくする ─ 暴言が脳に残す跡
コーチの現場から
多くの家庭のお子さんと関わってきて、ある共通点に気づきました。
「叱られて育った子」は、新しいことに挑戦するのを極端に怖がる傾向があります。
コンサルの場で「何か挑戦してみたいことある?」と聞くと、
「失敗したら怒られるから、やめておく」
こう返ってくることが多いんです。
この子たちは能力がないわけではありません。
ただ、「失敗=叱られる」という回路が出来上がっているだけです。
高校野球でも同じでした。
叱責型の指導を受けてきた選手は、バントやエンドランなどのサインを出すと良い結果が出やすいけれど、「任せた!自分で判断して打て」と言われると不甲斐ない結果で終わることが多いのです。
スケールが小さくなるのは、能力の問題ではなく、環境の問題だと私は強く思います。
子どもが「わざと」叱られることをする理由
アドラー心理学には、ちょっとドキッとする考え方があります。
子どもは、あえて叱られるような行動をしている。
子どもにとって一番つらいのは、怒られることではありません。
無視されること、存在を認められないことです。
叱られている瞬間、少なくとも親はこちらを見ている。
自分に関わってくれている。
だから、良い行動で注目してもらえないとわかった子は、 悪い行動で注目を得ようとする。
これを知ったとき、 「叱って直す」という方法が、いかにズレていたかがわかりました。
叱ってしまう自分を、責めなくていい
ここで大事なことを書いておきます。
叱ってしまう親が悪いわけではありません。
私たちは、叱ること以外の方法を教わっていないんです。
自分の親もそうだった。
学校の先生もそうだった。
だから同じやり方を繰り返してしまう。
それは自然なことです。
岸見先生はこう言っています。
「悪い親」がいるのではない。「下手な親」がいるだけだ。
下手なら、練習すればいい。 気づいた今日がスタート地点です。
恐怖の代わりに、何を置くか
今回覚えておいてほしいのは、たった一つ。
子どもが「良くなった」ように見えるのは、 怖がっているだけかもしれない。
本当に子どもの力を伸ばすのは、恐怖ではなく、信頼の関係です。
子供の可能性は無限です。
その可能性を広げるか、狭めるかは、親の関わり方一つで変わります。
次回は、「ほめる」の落とし穴についてお話しします。
叱るのがダメなら、ほめればいいんじゃない? ──実は、それも少し違うのです。
『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。
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📚 この連載について
この記事は、哲学者・岸見一郎先生のアドラー心理学をもとにした
「アドラー心理学で学ぶ子育て」連載の一部です。
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