「もっとちゃんとしなきゃ」
気がついたら、毎日そう思っていました。
- もっと怒鳴らない親に。
- もっと話を聞いてあげられる親に。
- もっとおいしいご飯を作れる親に。
- でも、できない。
- また同じことを繰り返して、夜、布団の中でため息をつく。
そんな日々を送っていたとき、友田明美先生の 『親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる』の中に、すごく救われた言葉がありました。
「ほどよい親」でいい。
たったそれだけの言葉なのに、 なぜかじんわりと、胸の奥が緩んでいくのを感じました。
『ほどよい親』でいい ─ 完璧を手放す勇気
目次
「ほどよい親」って、どういう意味?
「ほどよい親」という考え方は、もともとイギリスの小児科医・精神分析家だったウィニコットという人が提唱した概念です。
Good Enough Mother(ほどよい母親)、という言葉です。
- 完璧な親である必要はない。
- 失敗しても、怒っても、疲れても、それでいい。
- 「ほどよく」関わり続けることが、子どもの育ちには十分だ。
友田先生の本は、この考え方をとても大切にしています。
SNSの「理想の子育て」と、自分を比べていた
実際に私もよくやっていたのですが、
子どもが寝た後、スマホをスクロールしながら、
「この人、毎日手作りごはんなんだ」
「子どもと楽しそうに遊んでる、すごいな」
「私は今日も怒鳴ってしまった」
こうやって、見ず知らずの誰かと自分を比べて、我が家の子育ての未熟さを感じひとりでじわじわと落ち込んでいました。
でもよく考えたら、SNSに載っているのは、 その人の「一番よかった瞬間」がほとんどです。
怒鳴った瞬間も、
泣いた夜も、
余裕がなかった朝も、
みんな載せていないだけで、きっとあるはずなんです。
それなのに、私たちは 「輝いている部分」だけと「自分の全部」を比べてしまう。
そんな比べ方をしていたら、誰だって自信を失います。
完璧を目指すほど、子育ては苦しくなる
「完璧な親になろう」と頑張りすぎると、何が起きるか。
- 怒った自分を許せなくなる。
- 失敗するたびに、自己嫌悪が深まる。
- 自己嫌悪が深まるほど、また余裕がなくなる。
- 余裕がなくなるほど、また怒りやすくなる。
- 完璧を目指すほど、完璧から遠ざかっていく。
これは、私自身が経験してきたことです。 抜け出せないループに、何年もはまっていました。
子どもが必要としているのは、完璧な親ではない
ここで、ひとつ聞いてみてください。
あなたは今、自分の子ども時代を振り返ったとき、 「完璧な親に育てられたかった」と思いますか?
おそらく、多くの方は、 「完璧かどうか」より、もっと別のことを求めていたはずです。
- 話を聞いてほしかった。
- 認めてほしかった。
- そばにいてほしかった。
子どもが必要としているのは、ミスのない親ではありません。
自分のことを大切にしてくれる親です。
- 怒ってしまっても、後で「さっきは言いすぎたね、ごめん」と戻ってこられる。
- しんどくても、「お母さん(お父さん)今日疲れてるんだ」と正直に言える。
- 失敗しても、「また頑張ろう」と起き上がれる。
そういう姿を見せること自体が、子どもへの贈り物だと、今は思っています。
「ほどよい」を、自分に許す
完璧を手放すのは、さぼることじゃありません。
これだけは言っておきたいのです。
「ほどよい親でいい」というのは、 子育てを雑にしていいとか、適当に流していいという話ではありません。
「もう少し自分に優しくしていい」
「70点の日があっても、それで十分なこともある」
そういう許可を、自分に出すことです。
100点を出そうとして疲弊した親と、 70点でも笑顔でいられる親と、 子どもにとってどちらが安心できるか。
答えは、きっと出ているはずです。
今夜から、ひとつだけ
完璧を手放すのは、一気にできることじゃないかもしれません。
染み付いた「ちゃんとしなきゃ」という感覚は、 すぐには消えてくれないものです。
だから今夜は、ひとつだけ。
「今日の自分は、よくやった」
そう、声に出してみてください。
- 怒鳴った日でも。
- ご飯がお惣菜だった日でも。
- 宿題を見てあげられなかった日でも。
それでも子どもの顔を見て、明日また向き合おうとしているあなたは、 十分に「ほどよい親」です。
友田先生がこの言葉を届けてくれたのは、 親をさぼらせるためじゃなく、 親が倒れないようにするためだと、私は思っています。
倒れない親のそばに、育つ子どもがいる。
それが、すべての出発点なのです。
『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。
