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叱るのがダメなら、ほめればいい?
前回、「叱り続けると子どものスケールが小さくなる」というお話をしました。
それを読んで、こう思った方もいるかもしれません。
「じゃあ、たくさんほめればいいんだ」
私もそう思っていました。
叱るのをやめて、とにかくほめる。
「すごいね!」
「えらいね!」
「天才!」
ほめると子どもは嬉しそうな顔をする。
もっとがんばろうとする。
「ほめる子育て、最高じゃないか」
そう信じていた時期がありました。
でも、岸見一郎先生の『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』(幻冬舎、2016年)を読んで、その考えにヒビが入りました。
ほめることは、実は「上から下」の関係
これは、本当に衝撃でした。
ほめるという行為は、叱るのと同じ「上下関係」の上に成り立っている。
「すごいね」
「えらいね」
「よくできたね」
これらはすべて評価です。
評価するのは上の立場。
評価されるのは下の立場。
ほめているつもりでも、 親が子どもを「上から判定している」構造は変わっていない。
「叱る」と「ほめる」は、コインの裏表だった。
ほめられないと動けない子が生まれる
ほめ続けると、子どもの中でこんなことが起きます。
- 「ほめられること」が行動の目的になる
- ほめられない場面では、やる気が出ない
- 誰も見ていないところでは、がんばれない
前回の「叱られてばかりの子」と構造がそっくりです。
- 叱られる子
- 「怒られないかどうか」で動く ほめられる子
- 「ほめてもらえるかどうか」で動く
どちらも、自分の意思で動いていない。
「100点取ってすごいね!」と言われた子どもは、 次も100点を取らなければ認めてもらえないと感じます。
ほめることが、知らないうちに「条件つきの愛」になっていたんです。
幸せな秀才児の育て方では
「無償の愛」
「見返りを求めない愛」
を大切にしてきました。
ほめる子育ては、その真逆に向かう危険がある。
受け入れるのに勇気がいる話ですが、ここが大事なところです。

ほめて育てるの落とし穴
ほめるのではなく、認める
「叱るのもダメ、ほめるのもダメ。じゃあ何をすればいいの?」
アドラー心理学の答えは、「勇気づけ」です。
評価するのではなく、共感する。
- 「すごいね」の代わりに、「嬉しそうだね」。
- 「えらいね」の代わりに、「がんばったんだね」。
この違いはとても小さいようで、とても大きい。
勇気づけについては第8回でくわしくお伝えしますが、 今日はまず、この一つだけ持ち帰ってください。
ほめることと、認めることは、違う。
子どもが求めているのは、点数をつけられることではなく、 ただ「見てくれている」という安心感です。
自分らしく輝く子供は無敵です。
その輝きは、親の評価ではなく、親の信頼から生まれます。
『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。
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📚 この連載について
この記事は、哲学者・岸見一郎先生のアドラー心理学をもとにした
「アドラー心理学で学ぶ子育て」連載の一部です。
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