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「自分は、ダメな親だ」
夜、子どもが寝静まったあと。 今日もまた怒鳴ってしまった。 言わなくていいことを言ってしまった。 布団の中で、自分を責める。 「なんで私は、こんなにダメな親なんだろう」 この経験がある方は、きっと多いと思います。 私も、数えきれないほどあります。 第2回では「叱り続けると子どものスケールが小さくなる」、 第3回では「ほめることも実は上下関係」という話をしました。 ここまで読んで、余計に苦しくなった方がいるかもしれません。 今回は、そんな方のために書きます。「悪い」と「下手」は、まったく違う
岸見一郎先生の『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』(幻冬舎、2016年)に、こんな言葉があります。 「悪い親」がいるのではない。「下手な親」がいるだけだ。 この言葉に、私は救われました。 「悪い」は、人格の否定です。 もう変えられない。 取り返しがつかない。 そういう響きがある。 でも「下手」は、技術の話です。 下手なら、練習すれば上手になれる。 自分を「悪い親」だと思った瞬間、そこで止まってしまう。 でも「下手な親」だと思えたら、次の一歩が踏み出せる。コーチの現場から
「ただ、やり方が分からなかっただけですよ」 この言葉は、私のコンサルで最も多く使うフレーズのひとつです。 相談に来るお母さんの8割以上が、最初に「私が悪いんです」と言います。 でも、話を聞いていくと、全ての親は子どものことを必死に考えている。 必死に考えているのに、やり方がわからなくて空回りしているだけ。 それは「悪い」のではなく、「下手」なだけです。 そして「下手」は練習すれば上手くなれる。 私自身がまさにそうでした。 私は、自我が強く感情コントロールができない人間だったので、そんな親がやる子育ては子どもにとって最悪なものでした。 英才教育の本を何十冊も読んでも、自分勝手な解釈で最先端メソッドの都合の良い部分だけを娘に押し付け、それで結果がでないと妻と娘のせいにする。。。 本当に最悪な父親でした。 冷静に当時のことをう分析してみると、 私は「悪い父親」だったのではなく、「未熟で下手な父親」だったんです。 この区別ができた瞬間に、私は楽になりました。 そして、素原に学べるようになり、目の前の娘の子育てもどんどん変わっていったのです。子育てを「習ったこと」、ありますか?
私たちは、子育ての方法を誰かにちゃんと教わったことがあるでしょうか。- 料理には料理教室がある。
- 車の運転には教習所がある。
- でも子育てには、何もない。
- ある日突然、親になる。
- 参考にできるのは、自分が育てられた記憶だけ。
- だから、自分の親と同じやり方を繰り返す。

「気づいた今日」が、本当のスタート
この連載をここまで読んでくださっている時点で、 あなたはもう「気づいている親」です。 大切なのは、昨日までの自分を責めることではなく、 今日からの自分を、ほんの少しだけ変えることです。 完璧にやろうとしなくていい。 全部を一度に変えようとしなくていい。 今日、一回だけ、叱る前に3秒止まってみる。 今日、一回だけ、「すごいね」の代わりに「がんばったんだね」と言ってみる。 それだけでいいんです。 「完璧を目指さなくていい」という話は、脳科学の連載でもくわしく書いています。 → 「ほどよい親」でいい ─ 完璧を手放す勇気お父さんも、お母さんも
この連載は、お母さんだけに向けて書いているのではありません。 お父さんにも、読んでほしい。 子どもはお父さんの関わり方にも、ものすごく敏感です。 私自身、父親として何度も失敗してきました。 …だからこそ、こう言えます。 気づいた人から、変えていけばいい。 次回からは、いよいよアドラー心理学の核心、 「課題の分離」についてお話しします。 子どもの問題に、親はどこまで踏み込んでいいのか。 その線引きが見えると、子育てが驚くほど楽になります。 『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。この連載を読む
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この記事は、哲学者・岸見一郎先生のアドラー心理学をもとにした「アドラー心理学で学ぶ子育て」連載の一部です。 → 連載の全記事一覧・概要を見る
