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「なんで、あの子みたいにできないの」
参観日。
隣の子は手を挙げて発表している。うちの子は、うつむいている。
テストの結果。
友達のお母さんが「うちは90点だった」と言う。
うちの子は、見せてくれない。
習い事の発表会。
同じ時期に始めたはずなのに、うちの子だけ上手くならない。
「なんで、あの子みたいにできないんだろう」
口には出さなくても、心の中でそう思ったことがある方は多いのではないでしょうか。
私は、何度もあります。
そして、そう思った直後に自己嫌悪に襲われる。
「比べちゃいけないのはわかってる。でも比べてしまう」
親の中にある「理想の子ども像」
なぜ、比べてしまうのか。
岸見一郎先生の『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』(幻冬舎、2016年)を読んで、その理由がわかりました。
私たちの中に、「理想の子ども像」があるからです。
- 成績がいい子。
- 運動ができる子。
- 友達が多い子。
- 言うことを聞く子。
誰に教わったわけでもないのに、 いつの間にか「こうあってほしい」という設計図を心の中に描いている。
そして、目の前の子どもとその設計図を重ねて、「足りない部分」ばかりが目につくようになる。
でも、ちょっと考えてみてください。
その「理想の子ども像」は、誰のためのものですか?
子どものため?
それとも、親である自分のため?
ここに正直に向き合うのは、なかなか勇気がいります。
「ありのまま」は、あきらめではない
岸見先生は、「ありのままの子どもを見よう」と繰り返し伝えています。
でもこれは、「子どもの成長をあきらめろ」という意味ではありません。
今の子どもを、まず「そのまま」認める。
そこからしか、本当の成長は始まらない。
ということです。
「もっとこうなってほしい」からスタートすると、 子どもは「今の自分ではダメなんだ」と感じます。
「あなたは、今のあなたでいい」からスタートすると、 子どもは「ここから歩き出していいんだ」と感じます。
出発点が違うだけで、子どもの表情は驚くほど変わります。

ありのままの子どもを見る勇気
比べるなら、「昨日のその子」と
アドラー心理学には、こんな考え方があります。
人と人を比較するのではなく、その人自身の変化を見る。
よその子と比べても、意味がない。
生まれた環境も、持っている特性も全部違うからです。
比べるなら、昨日のその子と今日のその子。
- 先月は逆上がりができなかった。
- 今月はもう少しでできそう。
- 去年は一人で買い物に行けなかった。
- 今年は行けるようになった。
その小さな変化に気づけるのは、毎日一緒にいる親御さんだけです。
「あの子と比べて、うちの子は……」ではなく、「昨日と比べて、この子は……」に変えてみる。
それだけで、見える景色がまったく違ってきます。
理想を手放すと、子どもが見えてくる
理想の子ども像を手放すのは怖いことかもしれません。
「期待しなくなったら、子どもは成長しないんじゃないか」
そう感じる方もいると思います。
でも、手放すのは「期待」ではなく「設計図」です。
「こうなってほしい」を捨てるのではなく、 「こうなるはず」を手放す。
子どもには子どもの人生がある。
親が描いた設計図通りに育つ必要はない。
その覚悟ができたとき、 目の前の子どもが、初めて本当の姿で見えてきます。
自分らしく輝く子供は無敵です。
その輝きは、親の設計図の中ではなく、子ども自身の中にあります。
『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。
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📚 この連載について
この記事は、哲学者・岸見一郎先生のアドラー心理学をもとにした
「アドラー心理学で学ぶ子育て」連載の一部です。
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