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「ほめる」の代わりに「勇気づける」
第3回で、こんなお話をしました。
「ほめる」も「叱る」も、実は同じ「上下関係」。
子どもが本当に必要としているのは、評価ではなく信頼。
そして、こう予告しました。
「ほめる」の代わりに「勇気づける」。
「それって、具体的に何を言えばいいの?」
今回は、その答えをお伝えします。
「ほめる」と「勇気づける」の違い
岸見一郎先生の『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』(幻冬舎、2016年)で繰り返し語られる「勇気づけ」。
ほめることとの違いを、一言で言うとこうなります。
- ほめる = 親が子どもを「評価する」
- 勇気づける = 親が子どもに「共感する」
たとえば、子どもがテストで100点を取ったとき。
- ほめる:「100点すごいね!えらい!」
- 勇気づける:「嬉しそうだね。がんばった甲斐があったね」
たとえば、子どもが絵を描いて見せてきたとき。
- ほめる:「上手だね!天才!」
- 勇気づける:「この色、きれいだね。楽しかった?」
どちらも、ポジティブな声かけです。
でも、子どもの中で起きることはまったく違います。
「ほめ」は親が主語、「勇気づけ」は子どもが主語
ここが核心です。
「すごいね」「えらいね」は、親の判定です。
主語は親。
「私が、あなたを、すごいと認めた」。
子どもは嬉しい。
でも同時に、こう学びます。
「次もほめてもらうには、もっとがんばらないと」
「ほめてもらえなかったら、自分はダメなんだ」
一方、「嬉しそうだね」「がんばったんだね」は、子ども自身の感情や努力に光を当てている。
主語は子ども。
「あなたが、嬉しいと感じている。あなたが、がんばった」。
子どもは、自分の中にある力を確認できます。
「自分は嬉しいんだ」 「自分はがんばれたんだ」
外からの評価ではなく、内側からの自信。
これが、「勇気づけ」の正体です。

「ほめる」から「勇気づける」へ ─ 子どもが自分で歩き出す声かけ
結果ではなく、プロセスを見る
もう一つ、大きな違いがあります。
ほめるときは、結果を見ている。
「100点すごい」
「1位えらい」
勇気づけるときは、プロセスを見ている。
「毎日コツコツやってたもんね」
「最後まであきらめなかったね」
結果を見る声かけは、結果が出なかったとき使えません。
でもプロセスを見る声かけなら、50点でも言えます。
「最後まで解こうとしたんだね」と。
結果が出なかったときこそ、勇気づけが必要です。
「挑戦したこと自体がすごいことだよ」。
この一言で、子どもが「もう一度やってみよう」と思えるかどうかが変わります。
コーチの現場から
「ほめる」と「勇気づける」の違いを、私は高校野球の現場で体感しました。
ある試合で、選手がファインプレーをしたとき。
以前の私なら「すごいぞ!よくやった!」と言っていました。
でもアドラーを学んでからは、
「あのプレーでチームが助かったよ。ありがとう」
と声をかけるようにしました。
たった一言の違いですが、選手の反応はまるで違います。
「すごいぞ」と言われた選手は、次のプレーでプレッシャーを感じる。
「期待に応えなきゃ」と力が入る。
「ありがとう」と言われた選手は、「自分はチームに貢献できた」と感じて、リラックスして次のプレーに入れる。
子育ても同じです。
「えらいね」は評価。上から下への言葉。
「ありがとう」は感謝。対等な関係の言葉。
この違いが、子どもの内側から自信を育てるのです。
「ありがとう」は、最高の勇気づけ
実は、勇気づけの中で一番シンプルで一番強力な言葉があります。
「ありがとう」です。
「お手伝いしてくれてありがとう」
「教えてくれてありがとう」
「一緒にいてくれてありがとう」
「ありがとう」は、評価ではありません。
対等な人間としての感謝です。
「えらいね」と言われた子どもは、「ほめられた」と感じます。
「ありがとう」と言われた子どもは、「役に立てた」と感じます。
「自分は誰かの役に立てる存在なんだ」
アドラー心理学では、この感覚を「共同体感覚」と呼びます。
子どもが自分の力で生きていくための土台です。
今日から一つ、変えてみる
完璧にやろうとしなくて大丈夫です。
今日、一回だけ。
「すごいね」を「がんばったんだね」に。
「えらいね」を「ありがとう」に。
それだけで、子どもの顔が少し変わるのがわかるはずです。
子供の可能性は無限です。
その可能性に火をつけるのは、親の評価ではなく、親の共感です。
『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。
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📚 この連載について
この記事は、哲学者・岸見一郎先生のアドラー心理学をもとにした
「アドラー心理学で学ぶ子育て」連載の一部です。
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