「うちは虐待なんて絶対にしていない」
そう思っている親御さんは多いはずです。 私自身も、もちろんそう信じて子育てをしてきました。
叩いていない。
ご飯もちゃんと食べさせている。
学校にも送り出している。
だから大丈夫。そう思い込んでいました。
でも、ある本を読んでから、その自信が少しだけ揺らぎました。
小児神経科医の 友田明美先生 が書かれた『親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる』(NHK出版新書、2019年)という本です。
この本の中で何度も登場するのが、「マルトリートメント」 という言葉です。
目次
マルトリートメントとは?
聞き慣れない言葉ですよね。 日本語にすると 「不適切な養育」 という意味になります。
ポイントは、これが 「虐待」よりもずっと広い概念 だということです。
- 叩く、殴る
- 怒鳴りつける、人格を否定する言葉を浴びせる
- ため息をつく、無視する
- 夫婦ゲンカを子どもの前でする
- 過度に放っておく、逆に過度に干渉する
- 子どもの気持ちを聞かずに、親の理想を押し付ける
これらが全部、マルトリートメントに含まれます。
「え、これも?」
そう感じた方もいるのではないでしょうか。 私は正直、かなりドキッとしました。
コーチの現場から
「これって、しつけですか? 虐待ですか?」
コンサルしている親御さんからメールで、こんな質問を受けることがあります。
たとえば、こんなケース。
「テストで悪い点を取ったとき、原因を追求することがある」
「言うことを聞かないとき、部屋に閉じ込める」
「何度注意しても直らないから、つい手が出てしまった」
どこからが虐待で、どこまでがしつけか?
この境界線で悩んでいる親御さんは本当に多いです。
私がいつもお伝えしているのは、
「その行動は、お子さんのためですか?」
「それとも、自分の怒りを発散するためですか?」
この問いに正直に向き合えるなら、もうその方は「しつけ」の側にいます。
なぜ「虐待」ではなく「マルトリートメント」なのか
友田先生がこの言葉を使っているのには、ちゃんと理由があります。
それは 親を責めるためではなく、親を追い詰めないため です。
「虐待」という言葉には、どうしても強いイメージがまとわりつきます。 ニュースで見る、あの悲惨な事件のような。
だから、多くの親御さんは、
「自分には関係のない話」
と、無意識に心のシャッターを下ろしてしまうのです。
でも現実には、しつけと虐待の間にはグラデーションがある。 そしてその中間地帯に、私たち親はしょっちゅう足を踏み入れている。
気づかないうちに。 よかれと思って。 ただただ余裕がなくて。

躾と虐待はグラデーション
白黒で考えてしまうと、何も変わらない
「虐待か、そうじゃないか」
この二択で考えている限り、私たちは自分の子育てを本気で見つめ直すことができません。 なぜなら、心のどこかで自分は「そうじゃない側」にいると決めつけているからです。
大切なのは、
- 自分の関わり方が、今日どのくらいの位置にあるのか
- 疲れているとき、どこに傾きやすいのか
- ほんの少しだけ、真ん中に戻せるとしたらどこか
を、責めずに、ただ眺めてみることです。
これは反省会ではありません。 健康診断のようなもの です。
数値を知るから、初めて整え方がわかる。 子育てもまったく同じだと私は考えています。
気づいた今日が、スタート地点
マルトリートメントという言葉を知るだけで、 私たちの子育ては少しずつ変わり始めます。
昨日までは「しつけのつもり」だったものが、 今日からは 「あ、今のはちょっと言い過ぎたかも」 と自分で気づける。
その 小さな気づきの積み重ね こそが、 子どもの脳を守ることにつながっていくのです。
友田先生の本を読んで、私はそう確信しました。
次回も、この本のエッセンスを、 子育て世代のお父さん・お母さんが今日から使える形にかみ砕いてお届けしていきます。
重たい話もあります。 でも最後には必ず、希望のある場所に着地します。
なぜなら ──
親の脳も、子どもの脳も、何歳からでも変わることができる から。
一緒に学んでいきましょう。 完璧な親になるためではなく、 ほどよい親でいられるようになるために。
『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。
📖 この記事は「脳科学で読み解く子育て」連載の一部です。
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