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マルトリートメントとは?
聞き慣れない言葉ですよね。 日本語にすると 「不適切な養育」 という意味になります。 ポイントは、これが 「虐待」よりもずっと広い概念 だということです。- 叩く、殴る
- 怒鳴りつける、人格を否定する言葉を浴びせる
- ため息をつく、無視する
- 夫婦ゲンカを子どもの前でする
- 過度に放っておく、逆に過度に干渉する
- 子どもの気持ちを聞かずに、親の理想を押し付ける
コーチの現場から
「これって、しつけですか? 虐待ですか?」 コンサルしている親御さんからメールで、こんな質問を受けることがあります。 たとえば、こんなケース。 「テストで悪い点を取ったとき、原因を追求することがある」 「言うことを聞かないとき、部屋に閉じ込める」 「何度注意しても直らないから、つい手が出てしまった」 どこからが虐待で、どこまでがしつけか? この境界線で悩んでいる親御さんは本当に多いです。 私がいつもお伝えしているのは、 「その行動は、お子さんのためですか?」 「それとも、自分の怒りを発散するためですか?」 この問いに正直に向き合えるなら、もうその方は「しつけ」の側にいます。なぜ「虐待」ではなく「マルトリートメント」なのか
友田先生がこの言葉を使っているのには、ちゃんと理由があります。 それは 親を責めるためではなく、親を追い詰めないため です。 「虐待」という言葉には、どうしても強いイメージがまとわりつきます。 ニュースで見る、あの悲惨な事件のような。 だから、多くの親御さんは、 「自分には関係のない話」 と、無意識に心のシャッターを下ろしてしまうのです。 でも現実には、しつけと虐待の間にはグラデーションがある。 そしてその中間地帯に、私たち親はしょっちゅう足を踏み入れている。 気づかないうちに。 よかれと思って。 ただただ余裕がなくて。
白黒で考えてしまうと、何も変わらない
「虐待か、そうじゃないか」 この二択で考えている限り、私たちは自分の子育てを本気で見つめ直すことができません。 なぜなら、心のどこかで自分は「そうじゃない側」にいると決めつけているからです。 大切なのは、- 自分の関わり方が、今日どのくらいの位置にあるのか
- 疲れているとき、どこに傾きやすいのか
- ほんの少しだけ、真ん中に戻せるとしたらどこか
気づいた今日が、スタート地点
マルトリートメントという言葉を知るだけで、 私たちの子育ては少しずつ変わり始めます。 昨日までは「しつけのつもり」だったものが、 今日からは 「あ、今のはちょっと言い過ぎたかも」 と自分で気づける。 その 小さな気づきの積み重ね こそが、 子どもの脳を守ることにつながっていくのです。 友田先生の本を読んで、私はそう確信しました。 次回も、この本のエッセンスを、 子育て世代のお父さん・お母さんが今日から使える形にかみ砕いてお届けしていきます。 重たい話もあります。 でも最後には必ず、希望のある場所に着地します。 なぜなら ── 親の脳も、子どもの脳も、何歳からでも変わることができる から。 一緒に学んでいきましょう。 完璧な親になるためではなく、 ほどよい親でいられるようになるために。 『幸せな秀才児』が増えることが最大の喜びです。📖 この記事は「脳科学で読み解く子育て」連載の一部です。 連載の全記事一覧はこちら 叱らずに子どもと向き合う具体的な方法について、アドラー心理学の視点でも連載しています。 → 「叱らない子育て」は甘やかしじゃない ─ アドラー心理学の入り口
